賃貸借をめぐるトラブル〜敷金は返ってくるか?弁護士 後藤 隆志

本日は,賃貸マンションやアパートを退去する際に起こるトラブルをお話します。
京都には大学がたくさんありますので,よく学生さんから,家主から「敷金」を返してもらえない,そればかりか追加の費用を請求されて困っているなどの相談を受けます。
アパートやマンションを借りるときに,家主に「敷金」を支払うことが慣行となっています。世間に定着した言葉ですが,そもそも「敷金」とは法律的にどのような意味を持つお金なのでしょうか?

定義付けると,「敷金」とは,「賃料の支払い債務など賃貸借契約上発生する借家人の債務を担保する目的で,契約が終了して借家を返還したときに借主に家賃不払いなどがあればそれを差し引いた残額を返還する約束のもと,借家人から家主に差し入れられる金銭」をいいます。
似たものとして「保証金」があります。とくに事務所や店舗の賃貸の場合に差し入れられますが,額が同程度であれば,敷金と同様に,借家人の債務を担保するために家主が預かる金銭と考えてよいでしょう。

つまり,敷金は,「家賃を滞納してしまった。」,「壁に穴を空けてしまった。」など借家人として契約上の義務をきちんと果たさなかった場合には(法律上「債務不履行」といいます。),その分差し引かれてしまいますが,そうでなければ借家人にそのまま返還されるべきお金だといえます。

ところが,債務不履行が発生するかどうかにかかわらず,契約を結ぶ時点で,契約書に「あらかじめ一定額の敷金を控除する。」という内容の条項が入っていることがあります。

このような条項を,いわゆる「敷引き特約」と呼び,特に関西では慣行となっているようです。
問題は,敷引き特約は,家賃の滞納などがないにもかかわらず敷金から一定額が自動的に引かれてしまうことになり,借主にとって一方的に不利な内容となりますから,これを法律上有効と考えてよいのか?という点です。

借主だって分かっていて契約書にサインをしているじゃないか,あとになって無効だと言うのはおかしいじゃないか,それはそれで1つの考え方でしょう。
しかし,あらかじめ出来上がっている契約書を見て「この条文は納得いかないから変えてくれ。でないとサインはしない。」と言えるでしょうか?一個人にすぎない借主にそこまで求めるのは酷な気もします。

ひとつヒントになるのが,平成13年4月1日から施行された「消費者契約法」の存在です。消費者の利益を保護するため様々な規定を設けた法律ですが,第10条では,消費者契約において消費者の利益を一方的に害する契約条項は法律上無効とされると規定されています。
借主は原則として「消費者」に該当しますから,「敷引き特約」が消費者契約法第10条によって無効であるとはいえないでしょうか?

法の番人である裁判所はどのように考えているでしょうか?
判例にも様々ありますが,消費者保護の流れが趨勢です。
敷金30万円のうち25万円を差し引くという特約の有効性が争われた事件では,裁判所は,敷金の性質を詳しく分析したうえで,問題となった特約は家主が消費者である借主に一方的に不利益を押しつけるものであり消費者契約法第10条に違反して無効であると判断しました(神戸地方裁判所平成17年7月14日判決)。消費者の利益を考慮して踏み込んだ判断をしており注目されます。

賃貸借をめぐってはこの他にも,「原状回復」名目で敷金から差し引くことが許されるか(クロスの変色など通常の使用で発生する損耗分も控除できるか)という問題,いわゆる「更新料」の問題などいろいろあります。いずれも興味深いテーマですが,紙面が尽きたようです。

敷金などをめぐるトラブルは,近年「ホット」な問題です。「どうせ返ってこない。。。」とあきらめる前に弁護士など専門家にお気軽にご相談下さい。